フリントは風に舞う。

アニメ語りメイン。出崎、富野好き。実写は目下勉強中。

『風立ちぬ』を観た

 

風立ちぬ [DVD]

風立ちぬ [DVD]

 

 

公開:2013年7月

監督・脚本・原作:宮崎駿
音楽:久石譲
作画監督高坂希太郎

本日、6月18日は『風立ちぬ』のBlu-ray発売日。TSUTAYA DISCASで本作のレンタル版が届いたので、早速視聴しました。恥ずかしながら『風立ちぬ』は去年機会を逃して観ていない。なので今回はじめて観る。

 

まずはじめに庵野の声に衝撃を受けた。まぁ知ってたけど「これほどまでか…」と(笑)。青年版堀越の初登場シーンで、はじめ、このキャラが喋ってると気付かなかった。堀越のセリフから数秒後「え、お前がしゃべってたの!?」と驚愕した。

アニメのキャラクターは本来「記号」であるからして、声優にも特徴がある声や、滑舌や口離れの良い演技を求められる。『風立ちぬ』における庵野の声は、あまりにも「生っぽ過ぎる」のだ。だから、キャラクターと芝居が乖離しているかのような印象を受けてしまう。それが物語への没入を妨げてしまっている。率直に言ってこれはミスキャストだと思う。まぁ観ているうちに慣れてきたが、キスシーンは庵野の顔が浮かんでちょっとキツイ(笑)。

 

堀越は、独特なカッコよさがあるキャラだった。自分の趣味・夢に没頭していて、いわゆる「オタク」的なキャラなんだけど、その「真っ直ぐさ」に惹かれる。この堀越と「純粋なオタク」である庵野秀明は重なる部分がある。庵野がキャスティングされた理由もそのあたりにあるのだろうか。

 

主人公に共感して、ハラハラドキドキしたり、涙をながすような「感情移入タイプ」の映画とは少し違う。そもそも堀越はどちらかというと共感しづらいキャラクターだ。オタクの私からしても、あまり共感出来ない。先述したように、あまりにも「真っ直ぐ過ぎる」からだ。たいていの人は、何らかのしがらみによって、真っ直ぐ生きることを拒否され、どこかで妥協をするものである。堀越にはどこか浮世離れした感じがある。そもそも堀越は「宮崎駿」のようなキャラクターだ。とくにラストシーンは宮崎駿の本音がにじみ出ていた。だから「俺が俺が」感が出てて、感情移入しづらい。
だが、感情移入できないからと言って悪い訳ではない。むしろ宮﨑駿の魂のようなものがフィルムに焼き付いていて、そこに感動した。観終わったあとの感触としては、スピルバーグの『未知との遭遇』に近かった。『未知との遭遇』も若かりしスピルバーグの夢や想いがフィルムに焼きついた映画であった。

ドラマ的にもハラハラドキドキさせるタイプの物語ではなかった。「大好きな飛行機が、自分の意思に反して戦争に利用されてしまう」と書くと、いかにも悲劇的な語り口を想像してしまう。でも、そういう映画ではなかった。「軍の圧力に屈しないぞ!」的な方向にはいかない。軍人も決して悪い人間として描かれていなかったし。では、『風立ちぬ』とはどんな映画だったのか? まだ考え中である。

 

「面白いな」と思ったキャラクターは、堀越の上司の黒川だ。黒川は、初登場時、堀越に対して「しごき」的な仕事を要求する。「キャリアを横取りさせることを恐れる嫌な上司なのかな?」と想像するが、決してそうではなかった。堀越の実力をちゃんと認めているし、彼のために色々と手を尽くしてもくれた。この黒川は感情をほとんど表にしないのが良い。ふつう、部下に堀越のような天才が来たら、複雑な感情を抱くものだろう。でも、黒皮は決してそれを表にしない。だからこそ、観客としては彼の内面を想像するゆとりが生まれる。

そんな黒川だが、後半になって次第に感情を露わにしていく。堀越の勉強会で後輩に熱弁する姿を見て「感動した」と言ったり、堀越が恋人を出来たと知って大笑いしたり、仲人を務めて泣いたりする。ふだん感情を表にしないからこそ、感情が露わになった瞬間「ああ、本当にそう感じてるんだな」と信じることができる。

 

現実の戦時中の日本を舞台にした映画にも関わらず、独特なファンタジー感があった。とくにカプローニが登場する夢のシーンが印象的だ。「虚実混交」とまではいかないが、ちょっと浮世離れしたような感覚がった。そうした印象を、「ボイパ」を用いた効果音が強めていた。

 

その他雑感。

・三幕構成で分析できないシナリオ。ハリウッド的なシナリオではない。だからどう楽しめばいいのか分かりづらい映画だといえる。

・宮﨑駿の「ロマン」を感じる。『紅の豚』を彷彿とさせる。

・気に入ったシーンは、堀越が勉強会を開くところ。オタク的なんだけど妙に熱い。

・カプローニも独特なキャラだった。なんとなく『プラネテス』のウェルナー・ロックスミスっぽい。

 

まだ自分のなかで整理し切れていないが、ざっとこんな感じのことを思った。とりあえず色んな『風立ちぬ』の批評分を見てみるとする。

 

<追記>

■TBSラジオ『たまむすび』 町山智浩の『風立ちぬ』解説 視聴メモ


町山智浩 風立ちぬ 評価 「あのシーン,人物,声優の意味」宮崎駿 引退作品 ...

 


・一般観客の評判はあまり良くない。はっきりしたクライマックスがない。物語の目的が分からない。
・もとはプラモデル雑誌に掲載してたマンガの映画化。ゼロ戦をつくった堀越二郎の実話と、小説『風立ちぬ』を一緒くたにしたもの。全然関係ないふたつをくっつけた。
宮崎駿の原作には「これは妄想」と書かれている。
・夢のシーンが多い。妄想して、ハット気づく。『虹をつかむ男』と同じ。
・いちばん分かりにくくしている原因は、堀越が自分の考えていることを口にしないこと。最近の日本映画の登場人物たちは、自分の思っていることを口にしすぎ。会話でディスカッションしがち。でも、それは下品だ。本作は「察してくれ」という映画。
・菜穂子が丘の上で絵を描くイメージは、クロード・モネのオマージュ。それが作品全体に散りばめられている。関東大震災での雲もモネのタッチ。
・堀越はどんなに危険なときでも妄想をやめない。監督、アニメーター、演出家はみんなそう。彼らはみんな妄想している。悲劇がおこっても、どう撮ろうかばっかり考えている。そういう不謹慎な人種。
・宮﨑駿は、反戦映画を撮っているけど、兵器が大好き。矛盾した気持ちを持っている。戦争の快楽と、悲劇。“原爆の父”であるオッペンハイマーと同じ。スピルバーグも同じ。『シンドラーのリスト』を撮っておきながら戦争描写が大好き。富野由悠季もそう。これは男の子の病気。
・本作は決して開かれてない映画。個人的な映画。「これは私のことである」。声優に庵野秀明を使っている。好きなことをやり続けるアホな人がやらないといけない。庵野はボーっとしている。人の話を聞いてない。そういう人じゃないとこの声はできない。
・人の声を使った効果音。これはつまり、男の子の飛行機ごっこ。
・エンディング曲「ひこうき雲」。「今は分からない。他の人にはわからない」という歌詞。口で言って分からせるようなもんじゃない。
・セックス描写があった。生々しい描写。最近のアニメでは珍しい。宮﨑駿としては画期的な描写。